イオン 岡山 周辺 私たちは、忘れない…募金協力を 東日本大震災の被災地の復興
復興 ランタン

東日本大震災 311


東日本大震災の被災地の復興に役立ててもらおうと、日赤岡山県支部は11日、JR岡山駅前で街頭募金活動を行った。
 同支部職員や市民ボランティア、高校生ら約50人が「私たちは、忘れない」と書かれたのぼりを掲げ、通勤・通学客らに「協力をお願いします」と呼び掛けた。多くの人が足を止め、募金箱に浄財を投じていた。
 同支部の豊田ひとみ事務局長は「5年たっても元の生活に戻れず、将来への不安を感じている人は多い。少しでも力になれるよう協力してほしい」と話していた。
 同支部は震災発生直後、被災地に救護班を派遣したほか、市民ボランティアによる仮設住宅の慰問などを毎年続けている。
 この日は、倉敷市や高梁市でも募金活動を行い、集まった浄財は日赤本社(東京)を通じて被災各県に配分される。

東日本大震災 311の記事一覧

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旅した人が選ぶ岡山の旅めしランキング

 国宝に指定されている吉備津神社をはじめ、岡山城、岡山後楽園、白石島、豪渓といった美しい景観が楽しめる岡山県。楽天株式会社は、同社が運営する旅行予約サイト「楽天トラベル」にて「岡山県を旅した人が選ぶ!岡山県・旅めしランキング」を発表した。観光スポットとして人気のある倉敷美観地区では、伝統的な日本建築と風にそよぐ柳並木が美しく、美術館や民藝館などの文化施設も点在している。地元野菜の栽培が盛んな一方、倉敷市下津井港などでは季節の天然魚が多く水揚げされ、瀬戸内市邑久町や牛窓町では複雑に入り組んだ海岸を利用して海苔やカキの養殖が盛んに行なわれている。

 そうした風土の中で誕生したのが、今回1位に選ばれた「祭りずし(ばらずし)」。別名「岡山ずし」とも呼ばれ、すし飯に魚介や野菜などの具材をたっぷり混ぜ込むのが特徴のひとつ。岡山県内の寿司店で提供されることが多く、地元では「ハレの日」の食事として親しまれている。


 2位の「ママカリ料理」は、「サッパ」と呼ばれるニシン科の魚を使った料理のこと。「ママカリ」とは岡山県近郊独自の呼び方だ。ママカリの酢漬けは岡山県の郷土料理としても有名で、真空パックにされたものは日持ちがするのでおみやげにも最適。「楽天トラベル」のお客さまの声には「特にままかりの祭り寿司は美味しかったです」と、1位の「祭りずし(ばらずし)」と併せて一度に岡山名物を楽しんだ人の声も聞かれた。
旅した人が選ぶ岡山の旅めしランキング

 3位の「津山ホルモンうどん」は、50年以上も前から地元の人に愛されてきたB級グルメ。ホルモンから出る旨味と脂がうどんに絡み、食べごたえのある一品。県外での知名度も上がり、岡山県を訪れる旅行客からも人気なことから、現在は「津山ホルモンうどん」を提供する飲食店が津山市内を中心に増えてきている。「楽天トラベル」のユーザーの声では「ご当地グルメのホルモンうどんも美味しかったです」と、好評だった。


◇岡山県を旅した人が選ぶ!岡山県・旅めしランキング

順位  料理名          投票数
1位  祭りずし(ばらずし)   160票
2位  ママカリ料理       123票
3位  津山ホルモンうどん    93票
4位  タコめし         52票
5位  カキオコ         49票
6位  蒜山(ひるぜん)焼きそば 42票
7位  シャコ料理        41票
8位 黄にら料理         38票
9位 デミカツ丼         36票
10位 牡蠣料理          32票

※抽出条件
【アンケート期間】2015年9月11日-9月15日
【実施方法】2014年9月1日-2015年8月31日の期間中、「楽天トラベル」にて岡山県の宿泊施設に宿泊したユーザー(岡山県居住者は除く)を対象にメールアンケートを実施、投票総数893票の結果を基にランキングを算出。

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震災発生時刻に官公庁で黙とう 岡山

 岡山県内の官公庁でも、職員が震災の発生時刻に合わせて黙とうした。
 県庁では、「犠牲となられた方々に対し、あらためて哀悼の意を表するとともにご冥福をお祈りします」などと放送が流れた。職員は仕事の手を休め、その場で起立して1分間黙とう。県民局や地域事務所、県立図書館などでも職員による黙とうがあり、半旗が掲げられた。
 岡山市役所でも、館内放送が流れると職員が起立して1分間目をつぶり、犠牲者の冥福を祈った。本庁舎や各区役所では半旗が掲げられ、市議会も個人質問を中断して黙とうした。

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灯籠に明かりともし復興願う

岡山市北区建部町福渡のドレミファミリアアートギャラリーで11日夕、「3・11追悼の集い」が開かれた。牛乳などの紙パックで作った灯籠約400個に明かりをともし、地元住民や市内に避難している家族らが被災地の復興を願った。
 運営する三宅優さん(63)と妻で福島県国見町出身の美恵子さん(53)が企画。ろうそくを入れた紙パックを震災5年にちなんで5重の円状に並べ、「でいじ(大事)の灯」と名付けた明かりを点灯した。手製の灯籠は近くの池にも浮かべた。
 全員で黙とうした後、地元在住のギタリストによる追悼コンサートが行われ、全員で復興支援ソング「花は咲く」を合唱した。
 集いは2012年から毎年開催。三宅さん夫妻は「5年が節目ということではなく、今後も被災地に思いを寄せたい」と話した。

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鎮魂の思い乗せ夜空にランタン

岡山県美咲町久木の柵原総合文化センター駐車場では11日、「スカイランタン」と呼ばれる紙製の灯籠に鎮魂の思いを乗せ、夜空に舞い上がらせる催しが行われた。
 東日本大震災をはじめとした被災地支援に取り組むNPO法人・柵原星の里スポレク倶楽部が主催。地元児童や住民ら約60人が、ランタン約30個の固形燃料に点火し、たこ糸(長さ約5メートル)を付けた色とりどりのランタンを次々に空へ放った。
 津山市の会社員男性(42)は「震災を決して忘れないという思いを込めた。今後も被災地の復興のためにできることをしようとあらためて思った」と話した。
 この日、同倶楽部の呼び掛けで24都道府県48団体も実施。インターネットの交流サイト・フェイスブックを通じ、各地の様子を共有した。
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被災地への思い こいのぼりに記す

 宮城県東松島市でこいのぼりを泳がせ、震災で亡くなった子どもたちを追悼する「青い鯉(こい)のぼりプロジェクト」に参加する美作大・短期大学部ボランティアセンター(津山市北園町)の学生は11日、市中心部の商店街で、被災地へのメッセージをこいのぼりに書いてもらう活動を行った。こいのぼりは5月5日のこどもの日に合わせ、主催者へ直接届ける。
 同プロジェクトは、津波で家族4人を失った東北福祉大4年伊藤健人さん(22)が、がれきに覆われた自宅から弟=当時(5)=のお気に入りだった青色のこいのぼりを見つけ、掲げたのが始まり。共感した全国の人からこいのぼりが届けられるようになり、昨年は約800匹が同市の上空を舞ったという。
 センターは昨年、新見市の市民団体の呼び掛けでプロジェクトに初めて協力。今年は自分たちで取り組もうと、こいのぼりの調達から準備を進めてきた。
 この日、学生10人が、市民らから寄せられたこいのぼり3匹を持ち込み、メッセージを募った。買い物客らは「何より大切なのは命。頑張ってください」「3・11をいつまでも忘れません」などと書き込んでいた。
 児童学科2年弘田望さん(20)は「人々の記憶が薄れていくことが心配。プロジェクトを通じて被災者へ思いを寄せてくれたら」と話した。
 商店街のほか、市内のスーパー2カ所で募金も呼び掛けた。
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宗教の枠超え被災地へ祈り

岡山県内の宗教者らでつくる「人道援助宗教NGOネットワーク」(RNN)は11日、岡山市北区尾上の黒住教本部で、東日本大震災で犠牲になった人々の慰霊祭を行い、宗教の枠を超えて祈りをささげた。
 天台宗、金光教、立正佼成会、真言宗、黒住教の関係者ら約50人が出席。震災発生時刻の午後2時46分、全員で東に向かって黙とうした。RNNの永宗幸信委員長(倉敷市・天台宗本性院住職)が「今なお被災地で悲しい日々を送る人たちに寄り添おう」とあいさつした。
 この後、各宗教のスタイルで約1時間、読経や祝詞を上げた。黒住宗道事務局長(黒住教副教主)が「早期の復興を心から願っている」と述べ、式を締めくくった。

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地震体験車に桃太郎描く


明誠学院高校(岡山市北区津島西坂)の生徒たちが桃太郎をモチーフに、防災啓発のイラストを車体に描いた市消防局の「地震体験車」が11日、東日本大震災発生5年の節目に合わせて運用開始された。
 イラストは、震度7規模の揺れが体験できる車両の両側面にあしらわれている。言い伝えで地震を予知するとされるナマズの上にいる鬼を、桃太郎が退治に向かう様子を表現。特別芸術コース美術・デザイン系の1?3年生14人が市消防局の依頼でデザインした。
 この日は同校運動場に1、2年生約千人が集まって記念の式典を開催。体験車が披露され、制作の中心になった2年大賀美緒さん(17)が、市消防局の青島隆彦統括審議監から感謝状を受け取った。生徒の代表が実際に乗車して揺れの大きさを確かめた。
 大賀さんは「楽しんで描いた作品が皆さんの防災意識の向上に一役買えると思うと誇らしい」と話していた。
 地震体験車は阪神大震災の教訓から1996年に導入。老朽化したため約3200万円で車両を更新した。今後、管内(市、岡山県吉備中央町)で行われる防災の催しに登場する。
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<東日本大震災5年>県内から130人、復興支える 被災地派遣の自治体職員 岡山


11日で発生から5年を迎える東日本大震災。復興事業が本格化した2012年度以降、県内の自治体から応援に派遣された職員(2カ月以上)は130人を超え、現在も30人が現地でインフラ整備などにあたる。派遣者の数は減少傾向にあるが、今もなお、復興の支えとして活躍する。

 毎日新聞が県と県内27市町村に取材したところ、12年度以降で被災地に2カ月以上派遣された職員は県と9市で計132人。職種別では、道路の設計や防潮堤の整備といった土木職が半数を超え、事務職が約2割。他に機械技師や電気技師らが派遣されている。

 派遣先は岩手、福島、宮城の3県。岩手県釜石市や宮城県石巻市など甚大な津波被害を受けた沿岸部をはじめ、福島県南相馬市など福島第1原発の影響を受けた地域で活動する職員もいた。

 年度別の派遣者数は、12年度で37人だったが、15年度は30人と減少傾向にある。派遣者数が減少した自治体の担当者は「行政改革で定数削減を進めており、人員はぎりぎりの状態。1人でも抜けると穴は大きい」と実情を打ち明ける。

 総務省によると、15年度は政府を窓口に被災自治体から約1400人の派遣要請があったが、不足が約200人に上った。各地からの派遣職員の数は頭打ちの状態という。

 16年度以降も派遣を継続する意向の新見市の担当者は「自治体間のつながりが生まれ、現地で復興を学ぶこともできるなど派遣の利点もある」と話す。県の担当者も「土木などの専門職員を確保し、被災自治体からの要請にできる限り応えたい」としている。

 ◇長期的な支援が必要 2014年度派遣、県港湾課・青山さん

 県港湾課主任の青山大輔さん(41)は2014年度から1年間、福島県南相馬市に派遣され、震災による津波で被害を受けた防潮堤の復旧などにあたった。工事の発注や契約は進んでいるが、資材や人員が不足し、工事着手できていない地域もあるという。青山さんは「本当の意味での復興はこれからが勝負」と長期的な支援の必要性を訴える。

 兵庫県姫路市出身。学生時代に阪神大震災を経験し、「技術を生かしてできることはないか」と、東北への派遣を希望した。体調面などで不安もあったが、家族からは「せっかくの機会」と後押しされたという。

 福島県相双建設事務所(南相馬市)河川・海岸課に配属され、震災後避難区域に指定された同市の小高区を担当。震災から3年以上が経過していたというのに、家の屋根が川の上に浮かんだままだったり、津波の影響で1階部分が筒抜けになった民家が残ったりしていたという。

 川の河口部や海岸の防潮堤の復旧工事に携わり、測量や設計、発注業務などをこなした。近隣地域では道路や防災林、排水機場の整備なども進められていたといい、青山さんは「関係機関との調整が難しかった。被害の大きさを痛感した」と振り返る。

 今後、実際に工事が着手されるかどうか不透明な地域もある。コンクリートなどの資材や工事車両などが足りていないためだ。

 青山さんは「復興に向けて徐々に動き出していることは確かだが、地域によって事情は異なる。派遣職員は今後も重要な役割を担っている」と指摘する。

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